本田ジェット は独創的か!?

ホンダジェット

ドローン!、ドローンとマスコミが騒ぐなか、、、、同じ空飛ぶものとして、日本に飛来した機体がある。
4月20日華々しく羽田に着陸したホンダジェットである。

By:Wiki
 このホンダジェットアメリカの日本企業ホンダで開発された、日本人設計のビジネスジェット機である。
日本人発想のアメリカ生まれ、アメリカ育ちとも言うべきか。
 創業者のホンダ宗一郎もいつかは空へ進空したいとの想い!があった。バイクにつけた”ウイングマーク”はその証である。
さらに昭和30年代の日本でなんと!飛行機の設計コンペを開催し、ホンダエヤポートも作ったのだから
生きていたら、さぞ喜んだであろう!。
 ただ残念なのは、アメリカで開発し、アメリカで初飛行したことだろう。
だから、日本人にはどうしても、アメリカ製に見えてしまう。やはり、1号機は 日本で作り、日本で初飛行させるべきであったと考える。
 ただ、車と違い、日本人は購買層ではないので、圧倒的な市場である米国人の親しみやすさを獲得するには
そうせざるを得なかったか、または戦略的に”日本車排除的な感情”をなくしてしまうこのような作戦は効果的だろう。
それと、テスト飛行でもアメリカの地理的、気候的条件は日本より格段に良好である。カルフォルニア
一年を通じて、晴天日が多く、テスト飛行には最適だ。お役所の許認可も”航空王国”のほうがスムーズに進むだろう。

空力の専門化なので気になるのはエンジンのレイアウトにある。
 そのエンジンの主翼の上面後ろ向きに付いた形状と位置を独創的と賞賛しているが、、、。
 ビジネスジェットといえば、、代名詞的フォルムはエンジンを後ろに搭載したリアエンジンにある。
そもそも、このリアエンジン形式を最初にとったのはフランスのジェット旅客機”シュドカラベル”(1955年)である。

By:Wiki
 それまでは主翼に付け根につけたり、翼からポッドでつるしたりするのが主流であった。
それをシュド社は思い切って胴体の後ろに搭載したのである。
 こうすることによって主翼はポッドなどが無いクリーンな状態となり、フラップも装備しやすくなる。
また当時の純ジェットエンジンの凄騒音をすこしでも後ろに追いやることが出来るし、
エンジンの推力線を胴体線上に近づけれる、エンジンを翼に吊るよりも車輪の脚柱を短くできるメリットがある。
 当時、このリアエンジンは主流になりつつあった。それを米国のウイリアムリア氏が開発したリアジェットビジネス機(1960年)に
採用した。スイスF16ジェット戦闘機の主翼を流用し、リアエンジン方式、翼端増槽、T型尾翼、で圧倒的上昇能力と高い巡航スピードを誇り、
2枚風防ガラスの独創的スタイルは当時”ビジネスジェット戦闘機”と代名詞が付いたほどだ。
米国で一揆に爆発的ヒットし、そのフォルムはビジネスジェット機の基本スタイルとして定着した。

By:Wiki
 ただ、問題なのは前部客室はよいが後部客席のエンジン騒音は付きまとう。筆者もリアジェット旅客機のB727やMD9などの後席に
乗ったことがあるが、、航空マニアとしてはエンジンの咆哮が真近で聞けて、、うれしいが一般客人には離着陸時のフルパワー時には耐え難い音である。
 ホンダジェットはこのリアエンジンの騒音問題解決に眼をつけたのは秀逸である。
リアジェットのエンジン位置をキープして、主翼上面に取り付けて、エンジン騒音が直接胴体内客室に及ぶのを低減した。
しかし、このエンジンを主翼上面につけるアイデアはすでにあったので真の独創的ではない。
 1972年に開発した独フォっカーF614旅客機がそれである。



By:Wiki
このフォっカーは騒音を減らすという発想ではなかったが、不正地滑走路面からのFOD防止と脚柱を短く出来ることにあった。
 しかし、当時、エンジンが主翼上にあると整備がやりずらいなどが原因でその後、続か無かったが。
当方もはじめて見たときはその特異なエンジン配置に驚いた。
 ただホンダジェットはエンジンを胴体に限りなく近づけかつ後ろの位置で、主翼の後方にパイロンで
せり出しているのでエンジンの整備製は少し向上している。
 日本は敗戦により航空開発が閉鎖された期間があり、そのため航空後進国(技術面ではないが)になってしまった。
他の国ではその間、自由に航空機が開発でき、たくさんの開発のなかで様々な独創的なものにトライしやすかったと言えよう。